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安倍元首相国葬「法的根拠がない」は本当か?  岸田首相は内閣府設置法と説明【追記あり】

楊井人文弁護士
岸田文雄首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 参院選の演説中に銃殺された安倍晋三元首相について、岸田文雄首相は今秋、国葬を実施する方針を明らかにした。これに対して一部野党議員などから、反対論が噴出。その論拠の一つとして「法的根拠がない」という指摘がある。だが、岸田首相は記者会見で、具体的な法律名まであげて、法的根拠を明らかにしている。

【追記】

 岸田首相の法的根拠についての説明は、「閣議決定だけで」できる根本的な理由についての説明が不十分であり、7月14日の記者会見で言及した「内閣府設置法」はその根本的な法的根拠となり得ないと考えられます。こうした「法的議論」の問題点を整理した論考を別途配信しましたので、あわせてお読みいただけると幸いです。

「国葬の法的根拠」再考 岸田首相は"根本的な理由"を説明していなかった (2022/9/26)

 岸田首相は7月14日の記者会見で、内閣府設置法において、内閣府の所掌事務として定められている「国の儀式」として、閣議決定をすれば実施可能との見解を示した。法的根拠については、事前に内閣法制局と検討したことも強調した。

 たしかに、内閣府設置法には、所掌事務を定めた第4条第3項第33号に「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)」との規定がある。

 「国葬」とは明記されていないが、「国の儀式」の一種として行い得るということだ。岸田首相は儀式であることを強調するためか、「国葬儀」という言葉を繰り返し使っていた。

岸田首相の記者会見(7月14日)での発言

国葬儀、いわゆる国葬についてですが、これは、費用負担については国の儀式として実施するものであり、その全額が国費による支弁となるものであると考えています。そして、国会の審議等が必要なのかという質問につきましては、国の儀式を内閣が行うことについては、平成13年1月6日施行の内閣府設置法において、内閣府の所掌事務として、国の儀式に関する事務に関すること、これが明記されています。よって、国の儀式として行う国葬儀については、閣議決定を根拠として、行政が国を代表して行い得るものであると考えます。これにつきましては、内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断しているところです。こうした形で、閣議決定を根拠として国葬儀を行うことができると政府としては判断をしております。

明文の規定なく閣議決定で行えるのか?

 所掌事務の法的規定があり、それを踏まえて閣議決定を行うとの説明を、法的観点から全面的に否定することは難しい。ところが、ネット上には反対論の一つとして「法的根拠がない」との指摘が広がっている。

 例えば、山添拓参議院議員(日本共産党)は7月15日昼、ツイッターで「国葬により国家として礼賛することも、国民に対して弔意を事実上強制することも、法的根拠なく閣議決定で行おうとしていることも、いずれも看過できない」と指摘。約8千回リツイートされている岸田首相が前日に行った法的根拠の説明については、触れていない。ほかにも、複数の弁護士らが「法的根拠がない」との主張を拡散させているが、いずれも、岸田首相の法的説明に対する法的な問題点を指摘したものでもない。

 ただ、共産党は志位和夫委員長の名前で反対声明を発表したが、国民の中で政治的評価が分かれることなどを理由に挙げており、「法的根拠がない」と指摘しているわけではない。社民党の反対声明も「法的根拠がない」とは言っていない。

 一方、れいわ新選組は「国葬を行う法的根拠はない」と断定している。戦前の「国葬令」が廃止されていることを理由に挙げる。

 背景には、大手メディアが「国葬令」の廃止後、国葬についての法律がないと繰り返し報道してきたことがある。岸田首相の会見後、法的根拠についてきちんと伝えている記事もあるが(例えば東京新聞)、「国葬に関する法律はない」としか述べず、法的根拠に触れていない記事も少なくない(例えば毎日新聞社説)。

 たしかに、「国葬」と明記された法律は存在しない。ただ、「国葬」と明文で規定した法律があるかどうかと、政府がそうした儀式を実施するための法的根拠があるかどうか(適法かどうか)は、別問題だ。

 例えば、毎年8月、政府主催で終戦の日に行う「全国戦没者追悼式」も、明文の法律規定があるわけではない。これも閣議決定により行われている。東日本大震災の追悼式も閣議決定により行われている。これらに一つ一つ、明文の法律規定はあるのか、との議論は聞かれない。誰も開催自体に異論がないためだ。

【追記】

 内閣府設置法の施行前に作成した内部文書に、国葬(国葬儀)を内閣府所掌の「国の儀式」として明記されていたことがわかった。読売新聞(9月6日付朝刊)と産経新聞(9月13日付朝刊。ネット版有料記事)が詳しく報じた。

 それによると、内閣府設置法施行の前年にあたる2000(平成12)年4月に政府の中央省庁等改革推進本部事務局内閣班が作成した内部文書「内閣府設置法コンメンタール(逐条解説)」で、同法4条の「国の儀式」には、①天皇の国事行為として行う儀式と、②閣議決定で国の儀式に位置付けられた儀式の2種類があり、②の具体例として「『故吉田茂元首相の国葬儀』が含まれる」と記されていたという。(産経の記事では、内部文書に国葬の実施は「行政権の範囲」との記載があったかのように記されているが、実際にそうした記載はないとの指摘が出ている。)

 ただし、岸田首相が国葬実施の方針を明らかにする前に、このような内部文書や政府見解が国会審議などで明らかにされたことはないとみられる。

 なお、本稿を発表した後であるが、共産党の志位委員長は9月2日の声明で、安倍元首相の国葬には法的根拠がないとの見解を示し、社民党の福島党首も同じ見解を示している。(2022/9/15追記、9/24加筆修正)

「合同葬」ではダメ?公金支出の予算の根拠は?

 一方、首相経験者の葬儀は異論が出る。政治家の評価が完全に一致することはあり得ない以上、異論は避けられない。

 国葬ではなく、従来の慣例による合同葬(政府と自民党が折半)でもいいではないか、との声も聞かれる。だが、これも明文の法律はなく、35年前に首相を退任し、政界も引退して久しい中曽根康弘元首相の合同葬(2020年)ですら、批判はかなりあった。

 中曽根元首相の合同葬も閣議決定により実施され、一般会計予算の予備費から約9600万円が支出された。仮に安倍元首相について「合同葬」の形をとっていたとしも、同様の批判は避けられないとみられる。出身政党が負担するとしても、政党交付金という公金が少なからず含まれている。外国の元首らの弔問も予想され、警備も含め、国家予算を使わずにそうした儀式を挙行することは事実上不可能だ。

 安倍元首相の国葬の経費支出については、政府はまだ明らかにしていないが、中曽根元首相と同様、一般会計の予備費(令和4年予算、5000億円計上)の中から支出される可能性がある。

基準を設けるべきでないのか、内心の自由は侵害しないのか

 安倍元首相の国葬に異論が出てくるのは、端的に、批判的評価があり、心情的に賛同できない人が一定数いるからだ。

 ただ、民主国家である以上、どんな政治家にも功罪両面の政治的評価が分かれる。それを理由にするなら、安倍元首相に限らず、全ての政治家について公金で追悼式典等を行うことを否定するほかない。

 法制化、あるいは基準を設けるべきとの議論もある。だが、うつろいやすい時々の世論調査で政治的評価を決めるわけにもいかないであろうし、一律の具体的基準を設けることは不可能だろう。新たに法律を定めたとしても、極めて抽象的、形式的な規定になると考えられる。

 問題は、批判の自由が損なわれないのか、内心の自由を侵すことにならないか、に尽きると思われる。

 実際、反対論の中心には、「弔意を、個々の国民に対して、事実上強制することにつながる」(共産)「国民に政治的評価を事実上強制することになる」(社民)「これまでの政策的失敗を口に出すことも憚れる空気を作り出し、神格化される」(れいわ)といった懸念がある。

 これについては岸田政権が詳細を明らかにしていないため、今後の方針をみていく必要はあるが、「思想・良心の自由」が憲法19条で保障されている以上、国民に一律に追悼を求めるということは考えにくい。表現の自由が保障されているため、政治的な批判はこれからも出てくるであろうし、ネットが普及した現代社会で、それを抑えつけることは事実上不可能だ。

 ただ、公的施設では、国葬が実施される際、黙祷など、何らかの弔意の表明が求められる可能性がある。中曽根元首相の場合、国立大学に弔意表明の通知が出され、議論になった。弔意表明自体は、極めて一時的な、儀式的、形式的なものであり、否定的な政治的評価とも両立し得るものだから、ただちに個々人の思想・信条の問題にはならないとの考えもある。どうしても同意できないなら、その時間だけその施設を離れ、休業する自由を認めるという方法もあるかもしれない。

 外国の要人、遺族や支持者も含め、静かな環境で追悼し、功績を讃えたいという気持ちもあるだろう。反対者に強制してはならないのと同様、静かに追悼しようとする行為を妨害するべきではない。

 安倍元首相については、いまだ毀誉褒貶が激しい。喧騒の中で行われたり、かえって社会的分断を広げるということがないよう、政府には、相互の感情に配慮した慎重な対応が求められるのではないだろうか。

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長を6年近く務め、2023年退任。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。翌年から調査報道NPO・InFactのファクトチェック担当編集長を1年あまり務める。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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