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スレッド立ち上げ、遺族に「アホ」 侮辱罪での告訴状を警察が受理

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
判決後、記者会見を行う遺族。この日の夕方、中傷の書き込みがなされた(筆者撮影)

「私たち遺族を誹謗中傷しているネットの書き込みが『侮辱罪』に当たるとして、亡父の誕生日である9月16日、静岡県警三島署に告訴状を提出していたのですが、素早く対応していただき、9月28日付けで正式に受理されることになりました」

 そう語るのは、2019年1月、静岡県三島市で起こった交通事故で父親の仲澤勝美さん(当時50)を亡くした長女の坂本杏梨さん(30)です。

 問題の投稿は、2021年3月15日の夕方に立ち上げられた『爆サイ.com東海版(三島の交通事故判決! 三島市雑談掲示板52レス)』というスレッドに書き込まれました。

 今も以下のように、不特定多数の人が閲覧し、書き込むことができる状態にあるのですが、この1行目に書かれた「不服申し立てしたアホ」という一文が、悪質性が高いと判断されたのです。

2021年3月15日の判決直後、『爆サイ.com』の東海版に立ち上げられた「三島の交通事故判決!」というスレッド(筆者撮影)
2021年3月15日の判決直後、『爆サイ.com』の東海版に立ち上げられた「三島の交通事故判決!」というスレッド(筆者撮影)

1行目に書き込まれた投稿が「侮辱罪」に当たると判断された(筆者撮影)
1行目に書き込まれた投稿が「侮辱罪」に当たると判断された(筆者撮影)

■書き込みは、刑事裁判の判決当日だった

 実は、このスレッドが立ち上げられた2021年3月15日は、自動車運転過失致死の罪で起訴されていた、仲澤さんの加害者に対する判決の日でした。

 本件についてはこれまで繰り返し報じてきたとおり、事故直後、被害者である仲澤さんが加害者扱いされ、遺族は大変な苦しみを強いられてきました。

 遺族は虚偽の供述を続けてきた被告に対して怒りを抱き、『せめて実刑判決を……』と望んでいましたが、刑事裁判の判決は「禁錮3年執行猶予5年」でした。

 執行猶予付きの判決に納得できなかった遺族は、すぐに検察官と面会し、控訴(不服申立て)をするよう申し入れをしました。そして、この日の午後には記者会見を行い、検察に要望したことを伝えたのです。

 杏梨さんは語ります。

「記者会見の模様は3月15日の夕方、複数の報道番組で取り上げられました。会見で『控訴を望んでいる』と話す私たちの姿も映し出されました。そんな中、静岡第一テレビの放送が終わってからわずか2分後の18時28分、『爆サイ.com東海版』に「三島の交通事故判決!」というスレッドが立ち上がり、「不服申し立てしたアホ」と書き込まれたのです」

遺族が呼びかけていた署名のチラシ(遺族提供)
遺族が呼びかけていた署名のチラシ(遺族提供)

■時間をかけて「告訴」の準備をした遺族

 あれから1年半、杏梨さんら遺族は弁護士に依頼して証拠を固め、今年9月、ようやく、「侮辱罪」での告訴に踏み切りました。

『不服申し立てしたアホ』という記載にある「不服申し立て」が、判決当日の報道の時系列などから見ても、仲澤さんの遺族がおこなった「控訴の申し入れ」を指していることは明らかだと判断されたからです。

 今回、警察に提出された「告訴状」(2022年9月16日付)には、以下のように記されていました。

<告訴の趣旨>

被告訴人の行為は、刑法第231条(侮辱罪)に該当すると考えるので、被告訴人の厳重な処罰を求めるため告訴する

<告訴事実>

被告訴人は、2021年3月15日18時28分から2022年9月12日15時12分までの間、インターネット上の『爆サイ.com東海版(三島の交通事故判決! 三島市雑談掲示板52レス)』において、「不服申し立てしたアホ」と掲載し、もって公然と交通事故の被害者遺族である告訴人らを侮辱したものである。

刑事裁判の判決後に行われた記者会見には多くのメディアが駆け付けた(筆者撮影)
刑事裁判の判決後に行われた記者会見には多くのメディアが駆け付けた(筆者撮影)

■「不服申し立てしたアホ」という書き込みの悪質性

 仲澤さんの遺族は、これまでもツイッターなどに、たびたび誹謗中傷を書き込まれてきました(以下の記事参照)。

 では、今回はなぜ、このスレッドの書き込みについて告訴することになったのでしょうか。

 告訴状には「被告訴人(不詳)」による書き込み行為の悪質性について、以下の2点が強く指摘されていました。告訴状から抜粋します。

1)遺族が「控訴」を申し入れることは正当な権利行使

 控訴自体は、検察庁の専権である。しかし、控訴するように検察庁に申し入れをする権限については、現在、法律上及び最高検通達により、被害者遺族に認められている。

 それにも拘わらず、その正当な権利行使に対し、「アホ」などと誹謗中傷することは、告訴人らを含む被害者遺族の名誉を深く傷つけるものである。

 さらには、今後現れる新たな被害者遺族が正当な権利行使に対し萎縮的効果を与え、法治国家の根幹を揺るがしかねないものである。

2)「スレッドを立てる」という行為による被害の拡大

 被告訴人が、単に書き込みをしただけでなく、わざわざスレッドを立てていることから、その後、他の第三者からも誹謗中傷の書き込みがなされ、被害の拡大を招いている。

 スレッドを立てるというのは、その後の不特定多数による書き込みを期待してのことであるから、悪質性が高いと言える。

事故に遭う直前の仲澤勝美さん。子煩悩だった勝美さんは、事故の前日も杏梨さんの赤ちゃんを微笑みながら抱きしめてくれていたという(杏梨さんのツイッターより)
事故に遭う直前の仲澤勝美さん。子煩悩だった勝美さんは、事故の前日も杏梨さんの赤ちゃんを微笑みながら抱きしめてくれていたという(杏梨さんのツイッターより)

■安易な書き込みが「犯罪」に……

 事件や事故の報道が流れると、その直後から関係者を誹謗中傷する理不尽な書き込みが散見されます。しかし、その行為がいかに当事者を傷つけ、苦しめているか……。投稿する前によく考える必要があるでしょう。

 杏梨さんは語ります。

「最近になって、侮辱罪の法定刑が引き上げられました。ネットで匿名の書き込み被害に遭ったら、目にするのも辛いと思いますが、とにかくすぐにスクリーンショットを撮るなど、時系列がわかる証拠を残しておくことが大切です。問題のスレッドを立ち上げた人物は、現時点で誰なのかわかりません。しかし、告訴状は正式に受理されました。これから本格的に警察の捜査が始まります。理不尽な誹謗中傷で悩んでいる多くの方の希望になれるよう、私たちも精一杯頑張りたいと思います」

遺族は父の無念を晴らすため、闘い続けてきた(筆者撮影)
遺族は父の無念を晴らすため、闘い続けてきた(筆者撮影)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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