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一般道で時速194kmの死亡事故が「過失」ですか? 大分地検の判断に遺族のやり切れぬ思い

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
時速194キロで衝突し、大破した加害少年の車(遺族提供)

■原形をとどめぬほど大きく破損した2台の車

 まずは以下の写真をご覧ください。

 これは、大分市内で発生した衝突事故で亡くなった小柳憲さん(当時50)が乗っていた車(トヨタ・ラッシュ)です。車体の左側が大きく凹損、ルーフはめくれ上がり、フロントのエンジン周りも激しく損傷しています。

原形をとどめないほど大破した被害者の車(遺族提供)
原形をとどめないほど大破した被害者の車(遺族提供)

 次の写真は、この事故で重傷を負った元少年(当時19=重傷)が運転していた車(BMW 2シリーズクーペ)です。

車体の前部が大破した加害少年の車(遺族提供)
車体の前部が大破した加害少年の車(遺族提供)

 こちらもフロント周りは原形をとどめておらず、まるで飴細工のように激しく破損しているのがわかります。

 大分県外に住む小柳さんの姉は語ります。

「初めて2台の事故車を見たとき、損傷のあまりの酷さに驚きました。警察の説明によると、弟が着用していたシートベルトは衝突の衝撃で切れ、身体が車外へ放出されたそうです。そして、全身を強打し、約2時間半後、出血性ショックで死亡しました。事故直後は詳細がわかりませんでしたが、今年になってから、信じられないことが明らかになりました。相手の少年は法定速度60キロの一般道で、なんと、時速194キロも出していたというのです……」

エアバッグが展開し、車内がむき出しになった事故車(遺族提供)
エアバッグが展開し、車内がむき出しになった事故車(遺族提供)

■警察は『危険運転』で送致したが、検察は……

 事故は、2021年2月9日午後11時頃、大分市里の、通称「40メートル道路」という片側3車線の道路で発生しました。交差点を直進中だった少年の車は、対向車線から右折しようとした小柳さんの車に衝突したのです。

事故現場と事故の状況(井上郁美氏作成)
事故現場と事故の状況(井上郁美氏作成)

 当初、元少年側の損保会社は、小柳さん側の損保担当者を通して「右直事故の場合、右折車に8割程度の過失がある」と告げてきたそうです。

 しかし、大分県警は捜査の結果、元少年が大幅なスピード違反をし、制御困難な状態で小柳さんの車に衝突したと判断。同年5月7日、「自動車運転処罰法違反(危険運転致死)」の疑いで、大分家裁に送致し、同家裁はその後、大分地検への送致(逆送)を決定したのです。

「捜査に当たった警察の方々は、元少年がありえないような高速度を出していたことに強い憤りを感じておられたようで、危険運転致死罪で送検していました。でも、元少年が重傷を負っていたせいか、なかなか起訴に至りませんでした。そんな中、私はこの1年半、柳原さんが執筆された過去の数々の事故の悔しい判決をいくつも読んでいました。一般道で時速150キロを超える速度を出して死亡事故を起こしても、過失運転で起訴され、執行猶予の判決が下される……、そうしたケースが実際に起こっていることに不安を感じていたのです」(小柳さんの姉)

 そんな予感は的中しました。大分地検は事故を起こした元少年を『危険運転致死罪』ではなく、『過失運転致死罪』で起訴したのです。

 危険運転致死罪は最高懲役が20年ですが、過失運転の場合、最高懲役は7年以下です。

後ろから見た小柳さんの車(遺族提供)
後ろから見た小柳さんの車(遺族提供)

■直線道路をまっすぐ走れたので「危険運転」ではない?

 起訴の2日前、遺族には検事から直接電話で説明がなされたといいます。小柳さんの姉は、その時のやり取りを振り返ります。

「法定速度を130キロ以上もオーバーして死亡事故が起こっているのに、なぜ、危険運転にならないのかと尋ねると、『被告は直線道路をまっすぐに走行しており、危険運転致死罪と認定し得る証拠がなかった』検事はそう答えました。また、『時速194キロで危険運転という判決にならなかったら、それが前例になるので最初から闘わない』とも」

 さらに、遺族が、

「仮に過失運転で起訴されても、これだけ大幅な速度違反が立証されたら、実刑になりますよね?」

 と尋ねたところ、検事はこう答えたと言います。

「初犯だから執行猶予が付く可能性が大ですね」

 そして、2022年7月22日、この事故は『過失運転致死罪』で正式に起訴されました。

 つい先日も、福島県いわき市の一般道で時速157キロ出した末に橋の欄干に激突し、6人が死傷した事故で、執行猶予判決が確定したばかりです。

【速報】一般道で時速157キロ、6人死傷事故 控訴断念で少年の執行猶予が確定(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース

「危険運転致死傷罪」の構成要件のひとつに「高速度危険運転」(運転の制御ができないほどの速度で車を走行させる行為)がありますが、実際に法定速度の2倍、3倍という高速度で走行中に死亡事故を起こしても、この罪で起訴するには、かなりハードルが高いのが実情です。

飼い猫を抱く被害者の小柳憲さん。とても優しい性格だったという(遺族提供)
飼い猫を抱く被害者の小柳憲さん。とても優しい性格だったという(遺族提供)

■8月14日午後1時より、緊急記者会見決定

 事故発生からの1年半、小柳さんの遺族は『危険運転』で起訴されるものだと思い、その日を待っていましたが、検事の判断は一般市民の感覚とあまりにかけ離れたものとなりました。でも、まだあきらめてはいないと言います。

「実は検事から説明を受けた日(7月20日)は、奇しくも弟の誕生日でした。想定外の猛スピードで迫りくる対向車に衝突され、一瞬のうちに将来を奪われた弟の無念……、それを思うと、気持ちが沈み、ただ途方に暮れるばかりでした。そんな中、私たち遺族をサポートしてくださる方々が、『まだ間に合う、なんとか訴因の変更か追加を!』と背中を押してくださっています。偶然ですが、8月13日付の大分合同新聞に、元少年が、『何キロまで出るか試したかった』と供述している、という捜査関係者のコメントが載っていました。これが事実なら、はたして過失と言えるのでしょうか? 検事は『時速194キロで危険運転という判決にならなかったら、それが前例になるので闘わない』と言いましたが、逆に、そんな判断を前例として残したくはありません。ですから、なんとか危険運転についても刑事裁判で検討されるよう、声を上げていきたいと思います」

 小柳さんの遺族は、本日(8月14日)午後1時より、緊急の記者会見を行う予定です。ぜひ、多くのメディアに関心をお寄せいただき、「危険運転致死傷罪」の適用について議論を高めていただければと思います。

 会見の模様は、改めてレポートする予定です。

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<記者会見詳細>

●日時 2022年8月14日(日) 13時から

●場所 ホルトホール大分 404会議室(大分市金池南1丁目5−1)

●出席者 

死亡した小柳憲さんの姉(県外在住)

ピアサポート大分絆の会/共同代表・佐藤悦子氏

大分被害者支援センター/副理事長・弁護士三井嘉雄氏

●事件名 「過失運転致死事件」(R3-100476)

●発生日 2021年2月9日

●発生場所 大分市里の産業道路大在

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「開成をつくった男、佐野鼎」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。剣道二段。趣味は料理、バイク、ガーデニング、古道具集め。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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