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「保護猫がうちにやってきた!〜福岡の現場から」(1)「猫飼育可物件を増やす」ある不動産会社の取り組み

西松宏フリーランスライター/写真家/児童書作家
小豆(左)と大豆(右)(瓜生さん提供)

 主に猫飼育可物件の賃貸仲介、不動産売買に特化した、全国的にも珍しい不動産会社が福岡・志免町にある。「株式会社ライフナビコネクト」(瓜生尚希・代表取締役)の不動産事業部「猫とつながる不動産」だ。「猫が飼える賃貸物件は少ない」と言われるなか、同社は「猫飼育可物件を増やし、人と動物が幸せに暮らせる社会の実現」を社是に掲げる。どんな取り組みをしているのか、話を聞いた。

保護猫を家族に迎えるも、引っ越しに苦労

 話は当時、物流会社に勤めていた瓜生尚希さん(44)が、結婚を機に保護猫を初めて迎えた7年前にさかのぼる。

「私は元々犬派で、猫はこれまで飼ったことがなかったんですが、結婚後、実家の猫を溺愛していた妻の影響で、猫に興味を持ち始めました。『うちでも猫を飼おう』という話になり、保護猫の譲渡会というのがあるのを初めて知って訪ねてみたところ、グレーの毛並みが美しい『小豆』(あずき、メス、推定7歳)と出会ったんです」(瓜生さん、以下同)

株式会社ライフナビコネクト 瓜生尚希・代表取締役
株式会社ライフナビコネクト 瓜生尚希・代表取締役

 そのとき夫婦が暮らしていたのは、瓜生さんが独身の頃から住んでいたマンション。たまたまそこは猫飼育可の賃貸マンションだったため、小豆が家族の一員となっても何の問題もなかった。しばらくして、だんだん手狭になってきたため引っ越そうかと物件を探し始めたときだった。「えっ、こんなに少ないの?嘘やろ」。瓜生さんは猫飼育可賃貸物件が非常に少ない現実を初めて知ることになる。 

 希望は「駐車場付き」の賃貸マンションだったが、住みたいエリアに猫飼育可賃貸物件自体が全くない。「駐車場は諦め、希望エリア近辺で猫飼育可物件の広告が出たら不動産会社を訪ねるのですが、競争率は高く『もう決まりました』の返事。その繰り返しでした」

同社の入口に掲示されている猫飼育可物件広告
同社の入口に掲示されている猫飼育可物件広告

 結局、仕事の関係もあり、猫飼育可賃貸物件への引っ越しを3回したという。親身になって探してくれた不動産会社の知人の助けもあり、なんとか見つけることができたそうだが「妥協の連続で、希望エリアからはどんどん離れていき、本当に住みたい場所、条件の家には一度も住めなかった」と振り返る。「こんなに苦労するなら」と、瓜生さん夫婦は将来的に予定していたマンション購入を前倒しした。それが現在の自宅だ。

 こうした体験をもとに、瓜生さんは2021年4月、猫飼育可物件の賃貸仲介、不動産売買に特化した事業「猫とつながる不動産」を立ち上げるに至った。「当初はいろんな人たちから揶揄されました。『そんなのうまくやっていけるわけがない』って。『大丈夫なの?』と本気で心配してくれる方もいました。でも、実際、私のように猫が飼える物件探しで困っている方が他にもたくさんいるのは事実ですし、猫好きの人たちのそうした『困った』を解決するのが私の使命ではないかと思ったのです」

「猫とつながる不動産」3つの取り組み

 瓜生さんが身をもって体験したように、保護猫を家族に迎え入れる人は、コロナ禍の影響もあり年々増えている一方で、猫を飼える賃貸物件は非常に少ないのが現状だという。

 「弊社の調べでは、福岡県内の場合、ペット飼育可賃貸物件は全体の約20%(主に小型犬)ですが、猫飼育可賃貸物件となると全体の2%程度。保護猫を迎えたい人はたくさんいるのに、猫が飼える賃貸物件は少なく、需要と供給がまったく釣り合っていないと思われます」

 どんな理由があるのか。自らの体験や物件を探している客らの話も踏まえ、瓜生さんはこう分析する。「犬と違って猫は柱を爪でひっかいて部屋を傷つけたり、スプレーをして匂いが部屋についたりするというイメージがあり、それが嫌なので、犬はOKだけれども猫は入居不可にしているオーナーさんは多いです。また、猫の鳴き声や足音などが原因で近隣住民とトラブルになったり、飼い方次第では多頭飼育崩壊に繋がったりする可能性もあります。オーナーから物件の管理を委託されている管理会社の立場からすると、何らかのトラブルが発生した場合、自分たちが対処しなければならず、猫飼育を希望する入居者はできるだけ避けたいというのが本音なのではないでしょうか」

 家主が猫飼育を望む入居者に物件をトラブルの懸念なく貸せるようにするにはどうすればいいのか?同社では、主に次の3つのサービスや提案を通じて、物件を探している人を支援し、双方がともに満足できる契約の実現を目指している。

①猫飼育可賃貸物件を探している人に向けた「猫共(にゃんとも)ビッグデータ」の提供。

②猫飼育入居者が守るべき事項を定めた賃貸契約の内容を、オーナーや管理会社に提案。

③空き家のオーナーに猫飼育可物件への変更を働きかけ、空き家を減らし猫飼育可物件を増やす取り組み。

 順番に見ていこう。

 同社にやってくるのは猫飼育可物件を探すも他の不動産会社で見つからず、困ってやってくる人が多い。そこでまずは改めて希望の条件を丁寧に聞き、それに最も近い物件を探していく。交渉の余地がありそうな場合はスタッフが管理会社と交渉する。

 すぐに物件が見つからない場合は「猫共ビッグデータ」への登録をすすめ、物件が出た時点で逐次案内する(①)。「猫共ビッグデータ」というのは同社が独自に調査した、福岡県内の猫と暮らせる賃貸物件のデータを蓄積したもの。LINE登録しておけば、猫飼育可物件が空いた際、いち早く知らせてくれる。現在、累計約300人が利用しているといい、最新情報がすぐ届くため、不動産会社へ出向いたりホームページで探したりするより早く動ける。これを利用したことで「希望条件に沿った物件を見つけることができた」という人は少なくないそうだ。

 ②は主に管理会社に対してのもの。猫飼育を希望する入居者との契約内容に関する提案だ。

「賃料や敷金、礼金を少し高く設定することや、猫飼育において入居者が気をつけること、飼育する猫に関する申請書(ワクチン接種証明書、避妊去勢証明書、獣医師の診断書など)や誓約書など、猫飼育希望入居者と賃貸契約する際に必要な事項は何かを網羅し、ご提案しています。おそらく猫を飼ったことがない方には想像もつかない内容かもしれませんが、弊社の資料を参考に賃貸契約書を作成、契約していただければ、想定される各種トラブル(近隣トラブル、原状回復について、多頭飼育崩壊など)を未然に防ぐことができます。もし飼育環境が悪ければ退去してもらえるよう、契約の期間を定めることなども提案しています」

 実際、猫飼育不可だったやや古いアパートを、家賃や敷金、礼金を少し上げて(たとえば賃料なら月額3〜5千円アップ、敷金、礼金なら1匹につき1〜2ヶ月分加算など)猫飼育可にし、上述の猫飼育時の賃貸契約を結んだところ、8室中3室あった空室はすぐに埋まり、オーナーにも入居者にも喜ばれた、といった成功事例はこれまで数多くあるという。

 さらに、既存の建物を有効利用して猫飼育可物件を増やす取り組み(③)も実施。近年、空き家の増加が社会問題化しているが、空き家のオーナーに猫飼育可物件へと変更してもらえるよう積極的に働きかけている。これは空き家を減らしつつ、猫飼育可物件を増やしていく一石二鳥の妙案だ。

「こうした取り組みを通じて、オーナーや管理会社にとっては空室が減って収益が増え、猫飼育によるトラブルも防げますし、猫と一緒に住みたい入居者は、堂々と安心して猫を飼えるようになります。今はまだ、猫飼育可賃貸物件は物件全体の2%ほどとはいえ、この数字を少しずつ増やしていけるよう、頑張っていきたいです」と瓜生社長は意気込む。

2月5日に同社で開催された保護猫譲渡会
2月5日に同社で開催された保護猫譲渡会

動物愛護団体と連携し、保護猫譲渡会を開催

 2月5日、日曜日の昼下がり、福岡県志免町の同社オフィスは、保護猫譲渡会で賑わっていた。同社は福岡県内で活動する動物愛護団体5、個人10人以上(2月末現在)と連携し、毎月第一日曜日にオフィスを無償提供。2021年11月から始まり、毎月、多くの団体、個人と譲渡希望者が集まる。

譲渡会では、手作りの猫グッズ販売、キッチンカーグルメ、ユニークなワークショップ、適正飼育やフードなどの相談、里親さん同士の交流、我が猫自慢など、譲渡希望ではない愛猫家にも楽しめるイベントになっている
譲渡会では、手作りの猫グッズ販売、キッチンカーグルメ、ユニークなワークショップ、適正飼育やフードなどの相談、里親さん同士の交流、我が猫自慢など、譲渡希望ではない愛猫家にも楽しめるイベントになっている

 15回目となったこの日は、県内で活動する団体2、個人1人、合計11匹が参加。うち2匹が後日、譲渡希望者と団体のシェルターでお見合いすることになった。参加団体の一人「福ねこハウス」の井上惠津子さんは「民間の企業がこうした場を定期的に設けてくださるのはとてもありがたい」とほほえむ。

譲渡会には毎回たくさんの譲渡希望者が訪れる
譲渡会には毎回たくさんの譲渡希望者が訪れる

 瓜生さん一家は2021年9月にもう一匹、動物愛護団体から保護猫の正式譲渡を受けた。それが茶白の「大豆」(だいず、オス、推定4歳)だ。先住猫の小豆(あずき)は気が強く、大豆はおっとりした性格。「相性はあまりよくない(苦笑)」そうだが、猫好きの瓜生さん夫婦にとって「2匹の保護猫たちと心おきなく一緒に暮らせる幸福感は、なにものにもかえがたい」という。

小豆(上)と大豆(下)(瓜生さん提供)
小豆(上)と大豆(下)(瓜生さん提供)

 「これまでこの仕事を続けてこられたのは、2匹の保護猫たちのおかげなんですよね。小豆がいたからこそ、物件探しでは苦労しましたけど、猫飼育可物件を増やしていくことが自分の役割だと気づくことができましたし、大豆が家族に加わってからは、県内で保護猫活動をされている方々と交流する機会が増え、殺処分や多頭飼育崩壊など、猫を取り巻く地域の現状も深く知ることができました。世の中にもっと猫飼育可物件が増えていけば、それだけ保護猫と一緒に暮らせる方が増えますし、なによりもっとたくさんの小さな命が救えるはず」と瓜生さんは力を込める。

ダンボールが好き(瓜生さん提供)
ダンボールが好き(瓜生さん提供)

会社に連れてくることはないが、小豆は「店長」、大豆は「副店長」の肩書きを持つ(瓜生さん提供)
会社に連れてくることはないが、小豆は「店長」、大豆は「副店長」の肩書きを持つ(瓜生さん提供)

 最近では、同社の取り組みに賛同する同業他社も出てきているといい、瓜生さんは同社の取り組みやノウハウを提供する加盟店を募っている。福岡から全国の都道府県へと、猫飼育可物件を増やす取り組みを広めていきたい考えだ。

*保護猫をめぐる様々な現状、課題などを福岡から紹介します。

フリーランスライター/写真家/児童書作家

1966年生まれ。関西大学社会学部卒業。1995年阪神淡路大震災を機にフリーランスライターになる。週刊誌やスポーツ紙などで日々のニュースやまちの話題など幅広いジャンルを取材する一方、「人と動物の絆を伝える」がライフワークテーマの一つ。主な著書(児童書ノンフィクション)は「犬のおまわりさんボギー ボクは、日本初の”警察広報犬”」、「猫のたま駅長 ローカル線を救った町の物語」、「備中松山城 猫城主さんじゅーろー」(いずれもハート出版)、「こまり顔の看板猫!ハチの物語」(集英社)など。現在は兵庫と福岡を拠点に活動。神戸新聞社まいどなニュースで「うちの福招きねこ〜西日本編」連載中。

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