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2秒以上のながら運転はアウト…実は根拠が弱かった 一部の報道に誤りも

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 「ながら運転」の厳罰化から1週間。アウトとセーフの境目を解説した報道が目立ったが、誤りも散見された。道路交通法の条文を見ていないからだろう。改めて規制の内容を示したい。

条文の中身は

 すなわち、規制は法律の条文に基づいて行われるものだから、何よりも道交法の条文にどう書いてあるのかが重要となる。問題の「ながら運転」については、次のように規定されている。

「自動車又は原動機付自転車…を運転する場合においては、当該自動車等が停止しているときを除き、携帯電話用装置、自動車電話用装置その他の無線通話装置…を通話のために使用し、又は当該自動車等に取り付けられ若しくは持ち込まれた画像表示用装置…に表示された画像を注視しないこと」(道交法第71条第5号の5)

 「自動車」には4輪の乗用車やトラックだけでなく、2輪のオートバイなども含まれる。

 ただし、「無線通話装置」は、その全部又は一部を手で保持しなければ送信及び受信の両者を行えないものに限られている。タクシーなどで使われている車載型無線機のように、マイクと本体部分が分離しているものは手で保持しなくても「受信」できるので、規制の対象外だ。

 また、「通話」は、傷病者の救護や公共の安全の維持のため走行中に緊急やむを得ずに行う場合は規制から除外されている。

 さらに、速度計や走行距離計などを車載モニターの画面にデジタル表示したり、車両後方の映像を表示する自動車も増えているが、これらは「画像表示用装置」には含まれないとされている。

処罰される行為は

 「ながら運転」の規制に関する条文は以上のとおりだ。もっとも、法律が「やったらダメ」と規定しているからといって、これに反する行為のすべてに刑罰が科されるとは限らない。何らかのプラスアルファの条件を要求される場合も多いからだ。

 そこで、さらに「罰則」の章まで目を通しておく必要がある。具体的には、次のような条文になっている。

(1) 懲役6か月以下又は罰金10万円以下に処される行為

「第71条第5号の5の規定に違反して無線通話装置を通話のために使用し、又は自動車若しくは原動機付自転車に持ち込まれた画像表示用装置を手で保持してこれに表示された画像を注視

(2) 懲役1年以下又は罰金30万円以下に処される行為

「第71条第5号の5の規定に違反し、よって道路における交通の危険を生じさせた」

 すなわち、(1)は、先ほど示した「ながら運転」のうち、手で持たないと送受信できない状態にある携帯電話やスマホなどを通話のために使用することと、自動車などに持ち込まれたスマホやタブレットなどを手で持ち、表示画像を注視する行為だけが処罰の対象だと分かる。

 車載カーナビやスマホホルダー内のスマホのように、車に取り付けられている装置が除外されているという点がポイントだ。

 「保持」という文言からも、車載カーナビの画面を指先でタッチして操作することが処罰の対象から除外されていることは明らかだ。

 また、(2)は、先ほど示した「ながら運転」に加え、さらに交通の危険発生が処罰の条件だと分かる。

 (1)と違い、車に取り付けられたカーナビなどが除外されていない点や、画像注視時にスマホなどを手で保持していなくても構わないという点がポイントだ。

 こちらは車載カーナビの画面を指先でタッチして操作する場合でも、画像を注視していればアウトということになる。

罰則のポイントは

 以上から、次のように整理することができる。

(a) たとえ交通の危険を生じさせなくても、携帯電話やスマホなどを手で持って通話のために使用したり、スマホやタブレットなどを手で持って表示画像を注視すれば、それだけで犯罪であり、最高刑は懲役6か月

(b) 携帯電話やスマホなどを手で持って通話のために使用したり、手で持っているか否かを問わず車内に設置したり持ち込んだスマホやタブレット、カーナビなどの表示画像を注視し、交通の危険まで生じさせれば犯罪であり、最高刑は懲役1年

(c) 「通話」ではなく「通話のために使用」という規制文言なので、着信音に気づいて携帯電話を手に持つとか、手に持ったまま発信して相手の着信を待つなど、実際に通話する前の状態でもダメ

(d) 逆に、ハンズフリーやスピーカー機能を使うなど、手に持たない状態での通話使用は、通話の目的や内容を問わず、この規制の対象外

(e) 交通の危険を生じさせず、かつ、手で持っていなければ、スマホやタブレット、カーナビなどの表示画像を注視していても、この規制の対象外

(f) 通話使用や画像注視さえしていなければ、携帯電話やスマホなどを手に持っていても、この規制の対象外

(g) 「停止」、すなわち赤信号などでの停車中や待ち合わせなどでの駐車中は、たとえエンジンをかけていても、この規制の対象外

(h) 渋滞時のノロノロ運転を含め、わずかでも車を進行させていたらアウト

「注視」の意味は

 では、規制の対象となる「注視」とは、一体どのような行為を意味するのか。

 通常、法令には、誤解を招かないようにするため、その法令に登場する文言の定義をキチッと定めた規定が置かれている。道交法にも、「道路」「車道」「横断歩道」「交差点」「自動車」「信号機」「運転」「駐車」「徐行」「追越し」など、さまざまな文言について、その意味を明確に記した規定がある。

 ところが、その道交法には、具体的な秒数など、「注視」とは何かを定義した規定がない。そうすると、国語的な解釈の話になる。辞書を調べると「注意して見ること」「注意深くじっと見ること」「じっと見つめること」などと説明されている。

 少なくとも一瞬だけチラリと見る程度であればこれに当たらないだろうが、何秒以上だと「注視」になるのかまでは記されていない。

 検挙されたドライバーが「自分はスマホ画面の『注視』など絶対にしていない。最大でも1秒ほど目を向けただけだ。『注視』に当たるというのは警察の言いがかりだ」と主張し、裁判で徹底的に争うようなケースでもあれば、「『注視』とは何か」という法解釈に関する最高裁の判断が示され、実務の指標となる。しかし、今のところ、そうした判例もない。

 そうすると、秒数を問わず、スマホ画面などを注意して見ていさえすれば、「注視」に当たると評価される余地がある。

なぜ2秒?

 ところが、報道では「2秒以上」とするものが目立つ。その根拠をまったく示していないものも多いし、2秒未満であればセーフであるかのような報道もある。

 実はこの2秒という数字は、2002年に国家公安委員会がカーナビ事業者などに向けて示した告示がもとになっている。

 次のような規定だ。

「運転者が提供情報に過度に気を取られることによって交通の危険を生じさせないようにするため、自動車走行中には、次に掲げる情報を車載装置等の画面上において提供しないこと」

「注視(おおむね2秒を超えて画面を見続けることをいう。)をすることなく読み取ることのできない複雑かつ多量な交通情報」

 要するに「約2秒以上も画面を見続けないと情報が読み取れないようなカーナビは危険だからダメ。そうならない製品を開発してくださいね」というだけの話だ。

 その意味で、この告示は道交法の「注視」という文言を定義したものとまでは言い難い。こうした行政解釈は一つの参考にはなるものの、裁判所の司法判断まで縛るとは限らない。

 警察が外部に向けて明らかにしたものである以上、スマホの「ながら運転」などの取締りでも、「おおむね2秒を超えて画面を見続ける」という行為に及んだか否かが重視されるのではないか、というわけだ。

 警察庁の「やめよう!運転中のスマートフォン・携帯電話等使用」と題するホームページにも、次のような記載がある。

「運転者が画像を見ることにより危険を感じる時間は運転環境により異なりますが、各種の研究報告によれば、2秒以上見ると運転者が危険を感じるという点では一致しています」

「時速60キロで走行した場合、2秒間で約33.3メートル進みます」

「2秒未満=セーフ」ではない

 ただ、重要なのは、その警察庁ですらも、「道交法の『注視』とは2秒以上見ることだ」とまでは明記していない点だ。

 危険発生の度合いは相対的なものであり、時速120キロであれば、わずか1秒間で約33.3メートル進む。2秒以上だとアウトだと言い切ってしまうと、2秒未満ならセーフだと考え、事故を起こすものも出てくる。

 現に「ながら運転」の取締りに当たっている警察官は、手に持ったスマホの画面に目を向けているドライバーがいると、検挙の手続に入る。その際、いちいちデジタル時計などを使って「1秒、2秒」とカウントしたり、客観的な秒数を記録して証拠に残すようなことまではやっていない。

 車を停止させ、「あなた、今、スマホの方をずっと見ていましたよね」と声をかけ、ドライバーが「すみません」と違反を認めれば、違反キップにサインさせ、一丁上がりだ。

安全運転義務がある

 ただ、そもそも秒数の長短を問わず、あるいは車載カーナビを操作したりスマホホルダーのスマホを見るだけであっても、その瞬間には前を見ず、脇見していることに変わりはない。たとえ前を見ていても、考えごとをしながらボーッとしていたり、前後左右の安全をろくに確認していなければ実に危険だ。

 そこで道交法は、大前提として、次のとおり、ドライバーにオールマイティーな「安全運転義務」を課し、違反に対する罰則を設けている。先ほどの「ながら運転」は、特に危険な行為としてここから抽出され、刑罰が加重されたものにほかならない。

「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」

 わずかな時間の脇見であっても、交通の密度や天候、速度などによっては、他人に危害を及ぼす運転方法に当たるとされる。

 違反に対する刑罰は、故意であれば3か月以下の懲役又は5万円以下の罰金、過失であれば10万円以下の罰金だ。

 スマホやカーナビに目をやっている時間が2秒未満であっても、状況によっては警察官から停止を求められ、注意されたり、違反キップを切られることもあり得る。

 しかも、「ながら運転」が厳罰化されたこともあって、もしスマホの表示画像などを見ていて前方注視を怠り、死亡事故でも起こしたら、これまで以上にマスコミで大きく報じられるはずだ。

 わずかな油断が大事故につながる。脇見の秒数を問わず、安全運転に心がけるべきことは言うまでもないだろう。(了)

【参考】

 拙稿「スマホ画面を注視する自動車の「ながら運転」で懲役も 自転車の規制はどうなる?

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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